組織の変革は内側から:伊藤雅人氏が語る、社内起業家を育む挑戦
組織に眠るポテンシャルを呼び覚ます
変化の波が絶え間なく押し寄せる現代において、既存事業の深化に加え、新しい柱となる事業や価値創造が強く求められています。特に長年の歴史を持つ組織においては、いかにして内部からイノベーションの「火種」を見つけ出し、育てていくかが喫緊の課題となっています。本記事では、〇〇業界で長年要職を務められ、現在は組織の内部からの変革、すなわち社内起業家精神(イントラプレナーシップ)の醸成に注力されている伊藤雅人氏の挑戦に焦点を当てます。伊藤氏の経験から、組織内に眠る創造性を引き出し、新しい価値を創造していくための具体的な示唆を探ります。
「外からの刺激」だけでは足りないと感じた挑戦
伊藤氏が社内起業家精神の重要性を強く認識したのは、外部環境の変化に対応するための新規事業開発やデジタルトランスフォーメーション(DX)推進に携わる中で、既存組織の硬直性やイノベーションに対する受け身の姿勢に直面したことが背景にあると言います。
「もちろん、外部の専門知識や新しい技術を取り入れることは非常に重要です」と伊藤氏は語ります。「しかし、それを真に組織の力とし、継続的な変革につなげるためには、組織の構成員一人ひとりが自ら考え、行動し、新しい価値を生み出そうとする内発的な動機、つまり社内起業家精神が必要不可欠だと痛感したのです。外部からの刺激は起爆剤にはなっても、持続的な炎を燃やし続けるのは、中にいる人たちのパッションと主体性なのだと。」
この思いが、伊藤氏を組織内に眠る「火種」を探し、育むための挑戦へと駆り立てました。それは、既存の組織文化や評価システム、さらにはリーダー自身のマインドセットを変革するという、容易ではない道のりでした。
困難:アイデアの「種」が芽吹かない土壌
社内起業家精神を育む上で、伊藤氏がまず直面したのは、「アイデアの種」は確かに存在するものの、それが組織内で十分に評価されず、具体的な事業へと成長しないという現実でした。
「多くの人が、日々の業務の中で『こうすればもっと良くなるのではないか』『こんなサービスがあればお客様は喜ぶのではないか』といったアイデアを持っています。しかし、それらが組織の中で『突飛なもの』として扱われたり、提案するためのプロセスが煩雑すぎたり、あるいは失敗を過度に恐れる文化があったりすることで、せっかくの『種』が陽の目を見ることなく枯れてしまうのです」と伊藤氏は振り返ります。
この困難を克服するために、伊藤氏は複数のアプローチを試みました。一つは、アイデアを気軽に提案できる、心理的に安全な「場」の創出です。部門横断のカジュアルなブレインストーミングセッションを設けたり、オンラインで匿名でもアイデアを投稿できるプラットフォームを導入したりしました。
もう一つは、アイデアを評価・支援するプロセスの透明化と迅速化です。以前は特定の部署に提案しても、その後の進捗が見えにくい、あるいは承認に時間がかかりすぎるという問題がありました。伊藤氏は、アイデア提出からフィードバックまでのリードタイムを短縮し、一定の基準を満たしたアイデアには少額の検証予算を付与する仕組みを整えました。これにより、「アイデアを出しても無駄だ」という諦め感を払拭し、まずは小さく試してみる文化を醸成しようとしました。
創造プロセス:情熱と論理のハイブリッド
社内起業家たちが新しい価値創造に至る思考プロセスには、共通する要素があると感じていると伊藤氏は言います。それは、「強い情熱や問題意識」と「それを検証するための論理的なアプローチ」の組み合わせです。
「単に『面白そう』というアイデアだけでなく、『なぜそれがお客様にとって価値があるのか』『なぜ今、それをやるべきなのか』といった、原体験に基づく強い問いや情熱が根底にあることが多いです。しかし、それだけでは独りよがりになってしまいます。重要なのは、その情熱を具体的な行動計画や、顧客へのヒアリング、プロトタイプの作成といった形で検証していくプロセスです」
伊藤氏のチームでは、このプロセスを支援するために、デザイン思考やリーンスタートアップといったフレームワークの研修を提供したり、メンターとして外部の起業家や業界の専門家を招聘したりしています。また、アイデアが初期段階で「完璧」であることを求めすぎず、まずは「粗くても形にする」ことを奨励し、顧客からのフィードバックを得ながら改善していくアジャイルなアプローチを重視しています。
「成功の鍵は、最初のアイデアがいかに優れているかではなく、いかに速く、そして正確に、市場や顧客の反応を学び、修正していけるかだと考えています」と伊藤氏は強調します。
失敗からの学びと、リーダーの役割
社内起業の取り組みにおいて、全てのアイデアが成功するわけではありません。むしろ、多くの試みが期待通りの成果を上げられないことの方が多いのが現実です。伊藤氏は、この「失敗」をどのように捉え、組織の学びにつなげるかが極めて重要であると説きます。
「失敗は、挑戦した証であり、新しい学びを得るための貴重な機会です。しかし、失敗に対してネガティブなレッテルを貼ったり、責任追及をしたりする文化があると、誰も挑戦しようとしなくなります。だからこそ、リーダーは意識的に、失敗から何を学べたのか、次にどう活かせるのか、という点に焦点を当て、そのプロセス自体を肯定的に評価する必要があります」
伊藤氏は、プロジェクトが終了した際には、成功・失敗に関わらず必ず「振り返り」の機会を設けていると言います。そこでは、結果だけでなく、どのような仮説を立て、どのような行動を取り、そこから何を学んだのかを共有することを奨励しています。これにより、個人だけでなく組織全体として、新しい知識や知見を蓄積していくことを目指しています。
また、リーダー自身のマインドセットも変革の重要な要素です。社内起業家を支援するリーダーは、従来の管理型リーダーシップから、支援型・触媒型リーダーシップへと移行する必要があります。それは、マイクロマネジメントするのではなく、方向性を示し、必要なリソースを提供し、障害を取り除く役割です。そして何よりも、挑戦する人々を信じ、彼らの情熱を尊重する姿勢が求められます。
現在の活動と未来のビジョン
現在、伊藤氏は組織内の多様な人材が持つポテンシャルをさらに引き出すための新たな取り組みを進めています。特定のテーマに限定しない自由提案制度の拡充や、社内外の協力者とのネットワーキング機会の増加、さらには初期アイデアの検証段階における専従期間を設けるなど、より多くの「火種」が育ちやすい環境整備に注力しています。
「私のビジョンは、組織全体が『挑戦を楽しむ文化』を持つことです。一部の選ばれた人だけでなく、誰もが自分のアイデアや問題意識を形にする可能性を感じられる組織。それが実現できれば、変化の激しい時代においても、外部環境の変化に振り回されるのではなく、自ら変化を生み出していくことができると信じています。」
将来的には、これらの社内起業から生まれた事業が、既存事業と相互に刺激し合い、組織全体の成長を牽引していく姿を描いています。そして、そのプロセスで得られた知見やノウハウを、〇〇業界全体、さらには社会へと還元していくことを目指しています。
結論:内なる創造性が組織の未来を拓く
伊藤氏の挑戦のストーリーは、組織における新しい価値創造が、必ずしも外部からの大きな変革圧力によってのみもたらされるものではないことを示唆しています。むしろ、組織内にすでに存在する、従業員一人ひとりの情熱、問題意識、そしてアイデアといった「火種」を大切に育て、成長させることこそが、持続的なイノベーションと組織の自己変革を可能にするのではないでしょうか。
経験豊富なビジネスプロフェッショナルである読者の皆様も、ぜひ自組織に眠る「火種」に目を向けてみてください。アイデアを提案しやすい雰囲気、失敗を恐れずに学びとする文化、そしてそれを支援するリーダーシップ。これらが揃ったとき、組織の内部から湧き上がる創造性が、予想もしなかった未来を拓く力となるかもしれません。伊藤氏の挑戦は、その可能性を力強く物語っています。